ガチャチャ裁判傍聴報告(1)―2002/9/11 ―

カノンベ(Kanombe)ディストリクト、ニャルグンガ(Nyarugunga)セクター、ノンホ(Nonko)セル

毎週水曜日に村人が集まって、前ガチャチャ裁判の段階の一つで、殺害された人や略奪、破壊された物のリストを作成しており、今回が6回目。朝10時にバス道路沿いの空き地で始まる予定で、9時過ぎにはマンゴーの木と木の間にビニールシートが張ってあり、数人の村人が木陰に座って会が始まるのを待っている。30分前になると、Inyangamugayo、ガチャチャ裁判官や筆記をする人が座る為のベンチをビニールシートの下まで持ってきて準備が整う。

村人約100人がビニールシートの周りに点在するマンゴーの木陰に立ったり、また葉のついた枝を折って地面においた上に座ったりして集まりました。観察者と通訳も同じように折った枝の上に座ると、周りの村人は微笑を向けました。結局開始は10時半頃で、ガチャチャ裁判官に観察者が自己紹介と今回の集まりを見学させて欲しい旨話すと快く了解。写真撮影については許可を持っていない為断られる。前ガチャチャ裁判では最低100名の村人と19人の内15人に裁判官が出席しないと始められないことになっているが、誰が裁判官なのか一人を除いて判断出来なかった。他に地元新聞社の記者も取材に来ていた。

会を始めるにあたり、全員起立して虐殺で亡くなった方達を追悼、そして裁判官が規律について説明。内容は、発言したい人は必ず許可を得てから立って発言すること、また遠方から来ている人に発言の優先順位が与えられること、叫んだり罵ったりしないこと、誰かが発言している時他の人は静かに聞くこと、またその発言に関して付け加えたい場合も挙手してから発言すること。その後、本日発言する予定の人が出席しているか、リストから名前を読み上げて確認。このリストは事前に、家族を亡くしたり所有物を失ったり破壊された人が申し出て作成されます。

裁判官は更に、戦前からここにいる人達は何が起きたのか全て知っているので、発言者が立って話す時、それが事実かどうか話すべきであること、また、自身のしたことを話す人は、真実を話して許しを乞うことを求めました。また、もし恥ずかしくて発言するのが嫌な人は、内容を手紙に書いて送っても良いと付け加えました。最高裁判所(?)からこの地域で虐殺で亡くなった人のリストが提出されているので、もしその人達に対して何かしたのならそれを話すべきであることも述べられました。

[ケース1]
 18歳位の青年が彼の父の死について発言しました。彼が話し始めると村人達はもっと中心へ近い方へ移動しました。彼の話しによると、彼と父はインターハムエから逃げていました。しかし、インターハムエ若い青年二人が来て、彼の父を殺したので彼は逃げました。 裁判官が、もし目撃した人がいたら本当のことを話すように促しました。
 証言者1:村人の一人が彼の父は逃げていたのではなく、牛を追っていただけだと証言。
 証言者2:虐殺で子どもを失った女性が、青年の父はインターハムエで彼女の子どもは彼によって殺されたと証言しました。そして、青年の父はインターハムエでなくNRA(National Resistance Army)の兵隊に殺されたとも証言しました。
 証言者3:他の女性が、青年の父はインターハムエにより鉈で殺されたのではなく、兵隊に銃で殺されたと証言しました。
 証言者4:青年の姉が長々と一家がどのようにインターハムエから逃げていたかを話しましたが、村人の中から、彼等の父はインターハムエで、インターハムエとNRA軍との戦いで死んだのだと反論が出ました。
 証言者5:近所の女性が青年の父はその地域でのインターハムエのリーダーで、誰を殺すか命令していたこと、また彼女の近所の人が連れ出され青年の父によって殺されたことを証言。
 証言者6:青年の母が証言し、彼の父がインターハムエであったことを否定しました。また、この一家が所有物を失ったとも話しましたが、村人達が否定しました。
ここで、青年がまた、どのように父がインターハムエによって殺されたかを説明し、インターハムエは一軒の家に人を集めたり列に並ばせて一人ずつ順番に殺したこと、また青年自身も殺されるグループの中から逃げ出したことを話しました。
 証言者7:青年の別の姉が、長々と父がインターハムエであったことを否定。その他に、青年の家にはツチの友人が一人いて、インターハムエが青年の父に彼を殺すように命令したのですが、父が彼を殺さなかった為、インターハムエが彼を殺したという証言があり、また近所の人達が一様に青年の父はインターハムエと軍が戦っている時に爆弾で死んだと言い、これで青年の父がインターハムエであったことがほぼ確実になってきました。またこの一家は、成人牛一頭と子牛を一頭所有していて、それらを失ったと訴えていたのですが、近所の人達は、一家は戦争が終わるまでそこに住んでいたので、自分達で食べてしまったのだろうと言いました。この一家は家族揃って補償を目当てに嘘を話しているようで、このケースはここで一旦打ち切り、村人達に何が起こったのか本裁判までによく考えるチャンスが与えられました。
[ケース2]
 妹が、この地域に住んでいて沢山の男性に死ぬまで何回もレイプされ続けた、と女性が発言しました。
 証言者1:知り合いの男性で、レイプをしたのは五人の男性で、そのうちの数名はまだ生きていて刑務所に入っていないので見つけ出さないといけない、と証言しました。
 証言者2:彼も、その五人の男性は毎日彼女をレイプしに行き、その為に彼女は出血で死んだと証言しました。
[ケース3]
 女性が彼女の近所の知り合いについて発言しました。ある日彼女が知り合いの家に行った時、インターハムエのグループが鉈を持ってその家にやってきて、彼等にツチかどうか聞きました。彼女は(フツだったので)殺されませんでしたが、知り合いは(ツチだったので)殺され、またその人の赤ちゃんも殺されました。
 証言者1:殺された女性の子ども達の一人が、自分はその時隠れたので母と小さな妹が殺さるのを目撃したが生き延びたことを証言しました。彼は、母がまず木の棒で殴られ、そして鉈で体を真っ二つに切られたこと、また小さな妹は石で頭を何度も殴られ、生きたまま穴に埋められたこと、そして殺した人達の名前を挙げました。
[ケース4]  この男性は、虐殺が起きた時隠れていて、その間に自分の土地を他の人に取られてしまったことを訴えました。彼は、自分は隠れていただけで生きているのにどうしてその土地を奪うのだ、と訴え、土地を奪った人の名前とその人がルワンダにいることを発言しました。
[ケース5]
 女性が、虐殺の最中に他人の家や家具等を奪っていた人を知っていると発言し、その人物がここにいること(刑務所に入らず外にいる)、また名前を発表しました。また、それが彼女自身の息子で、彼は取った物を彼女に運んできていたことを発表し、村人達から笑いが起こりました。
 証言者1:若い男性で、彼の両親や兄弟が虐殺で殺され、逃げていた間に家にあった所有物が彼女の息子によって奪われたこと、しかし、あとで彼女から返して貰ったことを証言しました。
 ここで裁判官が、彼女が真実を話している事に対して満足であるとコメントしました。
[ケース6]
 この地域に居住していない女性(ツチ)で、ここに住んでいた彼女の妹一家と、彼等を訪れていた自分の娘がこの地域のミーティングで殺されたのに、誰も証言をしてくれないことを嘆きました。ここに住んでいた人達は何が起きたか全て知っているくせにどうして沈黙しているのか、と訴えました。
 証言者1:この妹一家の近所に住んでいた(フツの)女性で、その場にいた事を証言しました。このミーティングは人を集めて殺す為のもので、もう隠れなくて良く安全だ等と言って人を集め、そこでIDカードをチェックしてツチを見つけ出して殺していました。この時のミーティングで、この女性の妹はツチだが彼女の夫がフツであった為、インターハムエはその夫に妻を殺すよう命令しました。しかし、彼が拒否した為、二人とも皆の見ている前で殺されました。殺害に使用されたのは、銃以外に鉈やハンマーです。また彼女はその殺害をしたインターハムエの名前を挙げ、彼等がその一家の所有物も奪ったことを証言しました。彼女自身も、その一家が耕していた畑からジャガイモを取って食べたこと、また一家の家に残っていた薪を使ったことを告白しました。
 証言者2:証言者1の息子が、自分がその妹一家が亡くなった後いすやベッド等を盗んだことを告白しました。
 このケースでは延々と話が続き、証言者1は涙を流しながら証言、妹一家と娘を亡くした女性も涙を流しながら聞いていて、他にも数名涙をこぼす人が出ました。後で分かったことは、証言者1は虐殺が終わった後、妹一家と娘の死を告げる為にこの女性を訪れていました。しかし、その一家から物を取ったりした後ろめたさで最初は沈黙していた様子。このケースの最中に雨が降り出し、村人はビニールシートの下に集まりました。参加していた老婦人は家が近い為、観察者の為に傘を取りに行き貸してくれました。この後会が長引いて、参加者に直接話しを聞く機会を設けることはできませんでしたが、最後のケースを除いて終始穏やかな雰囲気でした。

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