設立経緯
1994年にルワンダで起きた虐殺・内戦は、難民の大発生を引き起こし、また難民キャンプでコレラが蔓延したため、多くの尊い命が失われました。その年の7月に、日本人として単なる緊急援助ではなく、アフリカの平和再建にどのような貢献が出来るかという目的のもと集まった、アフリカに関係する研究者・NGO・市民・学生達によるワーキンググループがアフリカ日本協議会の中に生まれ、崩壊した国家にかわって、ルワンダの国民再融和と平和再建を目指そうと終結したルワンダのローカルNGOとともに協力していこうと、そのワーキンググループを発展させ、私たちはARCとして行動を開始しました。
活動記録
| 1994年 | 10月22日 | ルワンダ国民再融和支援委員会(RRSC)設立。 |
| 12月 | 国内外に分かれたルワンダ・ローカルNGOの会議(ナイロビ会議)開催に支援、平手重幸事務局長(当時)、大河内秀人が出席。 | |
| 1995年 | 1月 | 首藤信彦委員長(当時)がルワンダ入りし、現地の状況を調査。 |
| 1月 | シンポジウム「虐殺一周年の今、ルワンダ問題を考える」(東京千駄ケ谷)開催。 | |
| 5月 | ルワンダ問題は大湖地域全体と関係があると考え、RRSCはアフリカ平和再建委員会(ARC)と改称。 | |
| 6月15日 | シンポジウム「ブルンジそしてアフリカにおける紛争予防と平和再建」(明治学院大学白金校舎)開催。 | |
| 8月 | 中野智之事務局長(当時)とスタッフの枝川充志がルワンダ入りし、ローカルNGOの活動状況を視察。 | |
| 11月17日 | シンポジウム「ルワンダ:復興の現状と課題」(東京品川)開催。 | |
| 11月28日 | シンポジウム「ルワンダにおける紛争予防と平和再建」(明治学院大学白金校舎)開催。 | |
| 12月 | ARCスタッフの森田さやかが大使館のボランティア秘書として大使館業務を補助し、首藤委員長も大統領に閉鎖撤回を嘆願。 | |
| 1996年 | ビララ・ルワンダ計画省大臣(当時)来日時に、記者会見を開催。 | |
| 2月13日 | シンポジウム「ルワンダの過去、現在、未来」(東京飯田橋)開催。 | |
| 首藤委員長がルワンダを訪問し、ビジムング大統領(当時)、カガメ副大統領兼国防大臣(当時)との会見時、虐殺実行者への報復を行わないように直談判。 | ||
| ビジムング大統領の日本訪問に協力。 | ||
| ルワンダ・ローカルNGOの協議体FORWAへ、車両・コンピューター・コピー機・FAX機を設置。 | ||
| ルワンダ・ローカルNGOのHAGURUKAの住宅建設支援。 | ||
| 7月 | FORWA「国民再融和と難民再定住に関するセミナー」開催への支援。 | |
| 12月 | シンポジウム「ルワンダ、ブルンジ、ザイールそしてアフリカの将来を考える」(横浜市大倉山)開催。 | |
| 1997年 | 2月15日 | シンポジウム「ルワンダ難民帰還後の平和再建への道を探る−NGOとPKOの役割」(東京都中央労政事務所労政会館)開催。 |
| 4月 | FORWA代表のムングワクズウェ・カニーゼス博士を日本に招待、5都市(東京、神奈川、京都、広島、埼玉)で講演。 | |
| 8月 | 学生訪問団「ともだち」がルワンダを訪問、ルワンダ大学生達との交流。 | |
| 8月〜10月 | 小峯茂嗣事務局長とスタッフの和喜田弥生(元青年海外協力隊員)がルワンダ入りし、難民帰還後の国内状況とローカルNGOの活動の調査を行う。 | |
| 12月16日 | シンポジウム「国際協力に求められる同苦の哲学〜1994年虐殺後のルワンダを手がかりとして(新井立志ルワンダ国立大学常任講師)」(東海大学校友会館)開催。 | |
| 12月18日 | 現地報告会「“難民後”のルワンダ・自立と共存に向かって」(横浜市大倉山記念館)開催。 | |
| 1998年 | 1月 | ルワンダ内戦により土地が荒廃した農村における、現金収入向上のための養蜂事業に機材支援。 |
| 2月 | 女性の洋裁学校への支援(工業用ミシンを設置し、高等技術の習得と収入向上のためのプログラム)。 | |
| 3月 | 法曹教育に必要とされる法律書をルワンダ国立大学法学部に寄贈。 | |
| 4月〜 | ルワンダ女性の手工芸品工場の製品「ルワンダのバナナリーフカード」を輸入し、日本で販売することで職業訓練活動を支援する、フェアトレード事業を開始。 | |
| 「ルワンダの子供達の絵画展」(いきいきプラザ一番町)開催。 | ||
| 7月 | 安藤秀行事務局次長(当時)がルワンダ入りし、事業の進捗状況を視察。 | |
| 7月25日 | 報告会「ARC安藤秀行ルワンダミッション報告会」(神奈川県民活動サポートセンター)開催。 | |
| 1999年 | 3月 | 小峯茂嗣事務局長がルワンダ入りし、事業の進捗状況とローカルNGOの事業案件の調査。 |
| 4月 | 報告会「虐殺から5年〜ルワンダNGOの現状と課題」(かながわ県民活動サポートセンター)開催。 | |
| 7月6日 | ゼフィル・ムタングハ駐日ルワンダ大使特別講演「激動の5年間〜ルワンダと日本の掛け橋として」(国際文化会館)開催。 | |
| 8月20日〜25日 | ルワンダのバナナリーフカード展(フォーラム横浜)開催。 | |
| 12月15日〜19日 | ルワンダのバナナリーフカード展(つるの会事務所)開催。 |
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| 2000年 | 2月1日 | ルワンダのオーガスタン・イヤムレムイェ外務大臣来日記念レセプション開催。 |
| 3月11日 | 報告会「虐殺から6年、和解と対立に揺れるルワンダ(饗場和彦・大阪大学大学院国際公共政策研究科助手)」(中央区・ワーカーズサポートセンター)開催。 | |
| 10月 | 瀬谷ルミ子ルワンダに赴任(〜2001年5月)。女性職業訓練支援を開始。 | |
| 2001年 | 3月 | 小峯事務局長、ルワンダ入り。プロジェクトの視察と地方選挙監視活動を行う。 |
| 5月10日 | 小峯事務局長、早稲田大学で講義(法学部講義「地域研究:アフリカ」)。 | |
| 6月22日 | 瀬谷ルミ子・ルワンダプロジェクト報告会(国際文化会館)開催。 | |
| 9月7日〜12日 | ルワンダのバナナアート展(フォーラム横浜)開催。 | |
| 10月 | 美穂がルワンダに赴任。現地駐在代表に就任し、女性職業訓練支援を継続。 | |
| 11月 | 横浜国際協力まつり2001シンポジウム「今、国際協力を考える〜横浜発世界へ〜」(横浜シンポジア)。NGO団体の現地での活動とその効果、自立という観点から、現在進行中の国際協力の効果・問題点・今後の可能性等について検証するシンポジウムを行った。小峯事務局長が、パネリストとして企画の準備段階から参加。 | |
| 12月 | 八王子青年の家・国際理解推進事業「もっと知りたい!アフリカ」(東京都八王子青年の家)。ARCのルワンダでの活動報告を行う。他に福島県在住ルワンダ人のマリールイーズ・カンベンガ氏は、難民としての経験と、ルワンダでの学校建設の夢を語った。 | |
| 12月 | TICAD III閣僚会合「市民社会との対話」セッションに小峯事務局長が参加。 | |
| 2002年 | 2月17日 | 小田原市主催「地球市民フェスタ」(小田原川東センター・マロニエ)講演会「平和をつくるということ」にて、小峯事務局長が講演。 |
| 3月 | ARCスタディ・ミッションがルワンダを訪問(団長は矢内原勝ARC会長)。戦災未亡人支援活動、虐殺跡地などを訪問。 | |
| 4月16日 | 美穂・ルワンダ報告会(日吉・アマホロショップ)開催。 | |
| 5月10日 | 小峯事務局長、早稲田大学で講義(法学部講義「地域研究:アフリカ」)。 | |
| 8月 | TICAD IIIの2003年開催を念頭に、アフリカで活動する日本のNGOが集まり、「ACT2003」を結成。のちに小峯ARC事務局長はACT2003の代表世話人になる。 | |
| 11月 | ARCルワンダ奨学基金プロジェクト開始。 | |
| 2003年 | 3月11日〜12日 |
外務省/国際問題研究所主催シンポジウム「アフリカにおける『平和の定着』を目指して」(国連大学ウ・タント会議場)に小峯事務局長がパネリストとして出席。 |
| 8月 | ACT2003主催「アフリカシンポジウム」(国連大学ウ・タント会議場)参加。 | |
| 9月29日〜10月1日 | 第3回東京アフリカ開発会議(TICAD III)本会議参加。 | |
| 2004年 | ||
